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2008年8月19日 (火)

『坂の上の雲』を読み自らの行動や学びが大切だとあらためて思います。

お盆休みも今日までです。
お盆の間は日本近代についてなんだか追っかけたくて読み飛ばしておりました。
その中、やはり司馬遼太郎『坂の上の雲』に行き着きます。

《小さな。
といえば、
明治初年の日本ほど小さな国はなかったであろう。

産業といえば農業しかなく、人材といえば三百年の読書階級であった旧士族しかなかった。
この小さな、世界の片田舎のような国が、はじめてヨ一口ッパ文明と血みどろの対決をしたのが、日露戦争である。

その対決に、辛うじて勝った。
その勝った収穫を後世の日本人は食いちらしたことになるが、
とにかくこの当時の日本人たちは精一杯の智恵と勇気と、
そして幸運をすかさずつかんで操作する外交能力のかぎりをつくしてそこまで漕ぎつけた。
いまからおもえば、ひやりとするほどの奇蹟といっていい。

その奇蹟の演出者たちは、数え方によっては数百万もおり、
しぼれば数万人もいるであろう。
しかし小説である以上、その代表者をえらばねばならない。》
           (司馬遼太郎『坂の上の雲』より)

《小さな。
といえば、
明治初年の日本ほど小さな国はなかったであろう。》

たぶん、ホントに小さい日本だったのでしょうね。

お盆の前までは古い家や戦後の家、あるいは現代建築について書いたのですけれど、
古い家というと大抵の場合は戦前ということになります。
こと木造建築に関しては、その最も発展したのは明治末年です。

だから《小さな・・・》で目がとまりました。
そこから、いろんな努力や汗や責任感で今がある、って事です。

読んでいくと、現在の自分に言い訳したり、不満な態度が恥ずかしくなってきます。おそらくその現場で行動している人にとっては、後から見れば言い訳に聞こえるけど、当の本人は必死で生きているんでしょう。
ほんの少しの違いは、廻りの出来事や悲運や状況を自分そのものとするのか、しないのか、この一点のようです。

『そんなはずはない』
『勝つのは最初から決まっている』
『こうあるべきである』
といってる側は『坂の上の雲』の中では敗れています。

意固地になり、保身だけを思い、現実からなにも学ばないのらば
行く末は消滅です。

たつろうは現代において家を作ってますが、廻りは急激に発展しています。もちろん変わっていないところもあります。
こんな中、なにをとり、より幸せな家ってなにかを現代で考えなくちゃと、お盆休みに学びました。
 
 
 
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