なかのひと


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2008年2月19日 (火)

和気あいあい

和気あいあいといいますが、
これって仲が良くて、のんびりしてて、冗談も言い合って
なんだか楽しげな雰囲気。
みたいな事でしょうか。

「和気あいあい」って仲良しクラブでしょうか。

私は個々人の責任と義務を果たし、チームの目標を目指す事だと
思っています。

個性を伸ばし、義務を果たし、他を尊重することが
和気ということでは思います。

組織の中で地位を与えられ、給与も他より多く
知識や経験もあり
権力、金力、知力を備えるならば
義務と責任をと思うのです。

ここを取り違えて、
自分の好みだけで事を進めるならばどうなるでしょうか。
それがもし、
普段の仕事や習慣によって日常化されている方法と違い、
ただただ個人の欲求を満たす事ならば、どうなるでしょうか。

当然のこと、廻りは混乱します。

いつもとは違うアプローチをある日突然要求されるんです。
こうなると次の予定が全て狂います。

いつもならば、
仕上からその下地を決めて、実際に作り出す前に材料を用意し、
職人に連絡をすませておくものです。
仕上げがある日突然違ってきたなら、
下地は違うし施工の順番も変わります。
それまでの準備した材料や順番が全て水の泡なのです。

しかも今後の予定が狂います。
材料を現場に入れる日を決め行動予定を決めていたものが
ご破算です。

休みを取るはずが駄目になったりします。

こうならないためには、
かなり前から考えを説明しなくてはなりません。

自分の好みのみを重視のときは事前の説明なく、
ある日突然なのです。
意志を決定する権力を持つ人が、
勝手気ままな判断をするときには、
勝手な論理でそれまでの経緯を葬るために
これまた勝手な理屈を取り繕うようです。
権力者の意志決定が廻りの予定を狂わす訳です。

これ、大変な事だと思うのです。

一時的なこととしても、人の人生を変更するのです。
大事な約束の変更を余儀なくされるかもしれません。
約束の変更で、
ひょっとしたらその後の人生にダメージを受けるかもしれません。

我が儘のみの意志決定はこんな事に思いがいかないようです。

もし、ここまでの事が心にあるならば、
また別の思いで、人としての行いを心がけると思うのです。

もちろん意志を決定し廻りの行く道を定めるのは
権力・知力を備える人の役割なのですが、
他の人の行動を変更するものと考えると、
意志決定した反力としての
責任とか義務が押し迫るのではないでしょうか。

個人の考えはその一人の廻りに留まらず
必ず他人に影響します。
一人の作業が狂えば隣の人に影響するし、
休みとなればその分をカバーしなくてはいけないですね。

一人がくしゃみをすると隣の人にまでうつるんですよね。

その影響範囲の違いが権力者との違いです。

だからといって個性を押し殺しては生きている意味はありません。
存分に個性を磨き発揮するべきなんです。
生きている喜びを謳歌するためのこの身です。

その上で、他者を尊重しなくては
社会での個人には価値はありません。

こういうことを「和気あいあい」と呼ぶのだと思うのです。
 
 
と考えながら帰宅。
そういえばと思って夏目漱石を開いてみました。

そこには

「今迄の論旨をかい摘んで見ると、

 第一に自己の個性の発展を仕遂げやうと思ふならば、
 同時に他人の個性も尊重しなければならないといふ事。

 第二に自己の所有してゐる権力を使用しやうと思ふならば、
 それに附随してゐる義務といふものを
 心得なければならないといふ事。

 第三に自己の金力を示さうと願ふなら、
 それに伴ふ責任を重じなければならないといふ事。
 つまり此三ケ条に帰着するのであります。

 是を外の言葉で言ひ直すと、

 いやしくも倫理的に、ある程度の修養を積んだ人でなければ、
 個性を発展する価値もなし、
 権力を使ふ価値もなし、
 又金力を使ふ価値もないといふ事になるのです。

 それをもう一遍云ひ換へると、
 此三者を自由に享け楽しむためには、
 其三つのものの背後にあるべき
 人格の支配を受ける必要が起つて来るといふのです。
 もし人格のないものが無暗に個性を発展しやうとすると、
 他を妨害する、
 権力を用ひやうとすると、濫用に流れる、
 金力を使はうとすれば、社会の腐敗をもたらす。
 随分危険な現象を呈するに至るのです。

 さうして此三つのものは、
 貴方がたが将来に於て最も接近し易いものであるから、
 貴方がたは何うしても人格のある立派な人間になつて
 置かなくてはいけないだらうと思ひます。
 
 
 それで私は何も英国を
 手本にするといふ意味ではないのですけれども、
 要するに義務心を持つてゐない自由は
 本当の自由ではないと考へます。

 と云ふものは、
 さうした我儘な自由は
 決して社会に存在し得ないからであります。
 よし存在してもすぐ他から
 排斥され踏み潰されるに極つてゐるからです。

 私は貴方がたが自由にあらん事を切望するものであります。
 同時に貴方がたが義務といふものを
 納得せられん事を願つて已まないのであります。
 斯ういふ意味に於て、
 私は個人主義だと公言して慣らない積です。」

              夏目漱石『私の個人主義』より
 
今日の学びです。
 
 
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コメント

tatsuroさん

思いついた発想で、コロコロと状況を変える責任者は、世の中すごく多いです。

何かあれば「ポジションパワー」を発揮できるのですから強いですよね。

良いところは、周りを巻き込むそのパワーですが、実務をこなしていく方は、たまりませんね。

でも、中小の会社はよくある光景なのです。

気を付けていきたいことですね。

gonsukeさん

こんばんは

こんなみょうちくりんな記事にもつき合っていただき感謝します。コメントありがとうございます。
パワーを使う人の倫理や心が大事な事になるでしょう。
物事を始める火種がどんな風に存在しているのか自問自答し、それが本当に心の底からの純な事かが大事なように思います。

tatsuroさん
私もそういう無神経なポジションパワーを持った人に無神経なことを言われ傷つくことが多いんですよ。人の気持ちを全く考えない人は、意外と悪気なく心にグッとくるクサビを打ち込んでくるのです。
でも、その人を変えようとは思いません。自分に非がなくても、自分が変わる事です。そうしないと、相手はなんとも思っていないので、どんどんクサビを投げ込んできます。その人はたぶん議論しても、絶対変わりません。ムダだと思います。ストレスがタマっていくだけですから。だから気持ちを切り替えて自分を変えましょう。 ファイト!

gonsukeさん
そうですね。自分から変革しましょう。
そして与える人になるべくファイトします。
やはり、ブログを書いてると良いことあります。

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